山岳部の複雑な地形の上に
長さ400mの吊橋を架けることは可能か。
2015年12月、長さ400mを超える日本最大の歩行者専用吊橋「三島スカイウォーク(箱根西麓・三島大吊橋)」が完成した。橋の上からは、富士山や駿河湾、伊豆の山並みが一望のもと。「まるで空を歩いているような感覚を味わえる」と話題になり、今では年間100万人以上の人が訪れる人気の観光スポットになっている。
「山岳部の複雑な地形の上に、長さ400mの吊橋を架けることは可能だろうか」。箱根西麓・三島大吊橋プロジェクトは、その実現の可否を検討することからはじまった。大学教授を委員長とした技術評価委員会が発足。川田工業は、栃木県のもみじ谷大吊橋(長さ320m)、大分県の九重”夢”大吊橋(長さ390m)を架橋し、日本一の歴史を塗りかえてきた実績があることから、委員会のメンバーとして招かれた。
橋が架かる場所は、谷の沢から最大約70mの高さがあり、風の影響を強く受ける。耐風安定化対策が最大の課題だ。現地の風観測と複雑な地形をモデル化した数値流体解析により、架橋地点の風況特性を割り出し、川田工業が所有する風洞試験室で実験を繰り返して改良を重ね、ねじりやたわみの振幅を最小限に抑える最適な構造を決定した。
- フェアリングの角度やグレーチングの幅、プレキャストRC床版に入れるスリット幅、迎角(橋の断面の傾き)、それぞれの条件を変えたうえで、現地の風の状況を再現して、風洞試験を繰り返した。
- 風洞試験をもとに構造細目を決定。採用した断面がこれだ。長さ390mまではフェアリングとグレーチングで対応可能だったが、400mでは不可。山の斜面に沿って吹き上げる風対策は重要だ。そこで前例のないスリットを提案。耐風安定性が劇的に改善した。
さまざまな工夫が盛り込まれた設計と製作で
耐風安定性とデザイン性を両立させる。
吊橋は、床版の重さによって耐風安定性を確保する。しかし、歩行者専用吊橋は自動車などが通る吊橋とは異なり、床組が薄くて軽い。さらに、箱根西麓・三島大吊橋では、耐風安定性の確保と歩行者へのスリル感の演出のため、歩行部分の真ん中にオープングレーチング床版を採用。重量はさらに軽くなる。そこで、両端にプレキャストRC床版を配置して重量を付加することで、橋全体の重量バランスをコントロールした。さらに、安定性を確保するには、ケーブルをピンと張ることが必須だ。橋梁全体系モデルを用いた大変形解析により、ケーブルの長さや重量のバランスを精査。ケーブルについては、実際に使用するケーブルバンド等の部品の重量も正確に評価し、解析に反映した。これにより、荷重によるケーブルの伸びや変形まで分析して最適解を導き出し、これを基に床組部材やケーブルを製作することで、高い品質を確保した。
また、箱根西麓・三島大吊橋は観光資源の開発事業の中心となるため、デザイン性が要求される。主塔は富士山をモチーフにした逆Y形で、曲げ加工が必要だ。鋼管の円周に向かって線状に加熱しながら徐々に曲げていく。計画している通りの精度に曲がっているか、それぞれの部品の形状を計測するだけでなく、工場内で仮組立を行い、何度もトライアルしながら形をつくっていった。
- 耐風安定性の確保とスリル感演出のため、歩行部の中央にオープングレーチング床版を採用。両端には重量付加による安定性確保の目的でRCプレキャスト床版を用い、スリットを入れて耐風性も向上させた。
- 主塔は富士山をモチーフとし、吊橋特有の曲線的なフォルムとも調和する、やさしいデザインだ。製作の段階では、滑らかな曲線に仕上げるために、鋼管への線状加熱による丁寧な加工と仮組立により、何度も試行錯誤しながら設計形状を確保した。
過酷な自然条件の中での架設。
さまざまな困難を知恵と経験で乗り切る。
架設地点は深い谷間で、桁下空間を使用できず、架設は困難を極めた。高所での作業のため、安全にも細心の注意を払わなければならない。まず主塔を建て、その間にパイロットロープを張り渡してキャットウォーク(足場)を設置。ケーブルクレーン工法で、橋体を架設していく。橋体架設は2系統のケーブルクレーンを相吊りにして行うため、荷取ヤードを中央径間部に設ける必要がある。ところが、該当箇所は谷筋への急な斜面で、工事用道路の整備ができない。そこで、側径間部に橋体を地組し、主塔の2本の柱の間からスライド運搬できる台車を構築して、橋体を荷取位置に供給。また、床版やフェアリングなどは、できる限り地組時に取り付けることで、高所作業量を少なくして安全性を確保した。
出来形をきれいに仕上げるために、架設するステップのたびに形状を確認し、ミリ単位で調整しながら、ようやく吊橋が完成。箱根西麓・三島大吊橋プロジェクトが終了した。設計に1年5ヵ月、製作・施工に3年2ヵ月の歳月を要したビッグプロジェクトの完遂により、川田工業は、また一つ日本一を更新。苦労を分かち合ったメンバーは、この橋が人々から末永く愛され、地域振興に大きく貢献することを願っている。
- 下の沢からの高さは70m。高所での作業となるため、作業は安全第一で行われた。また地形や自然現象などで工事は困難を極めたが、さまざまな工夫や工法を導入。知恵と経験で乗り切った。
- 上部工の架設は両主塔から径間中央に向かって行われた。橋体は事前に地組されたもの。側径間部からスライド運搬によって荷取位置に運ばれたものをクレーンで吊り上げている。